GUZZLING All good children go to heaven. |
うわぁ、魔球を発明しちまったよ、どうしよう。野球なんか全然やったことないのになあ。でもやっぱこれって魔球だよな、絶対打てそうにないもん。この球で松岡を三振にしとめたら、高木もちっとは俺を見直すかな。いや高木のことだから「結局、君はそういう卑怯な手でしか勝てないんだね」とか言いそうだな。マッチョな勝負じゃなきゃ認めないって感じだもんな、あの女は。まあいいや、不純な動機で作り始めたとは言え苦労して考えた魔球だ、なんか愛着も出てきた。この球が野球部に通用するかどうかの方が面白くなってきたぞ。
こんなに通用するとは思わなかったな。自称「次期エースで四番候補」の松岡だけじゃなくて、現四番の岡田さんも三振だったし、ミートが巧いと評判の島谷さんなんか最後はプライドを捨てて3バントまでしたけど打てなかった。高木も予想に反して俺のこと見直してたみたいだし悪くない気分だ。ただ、野球部の連中が入部しろとしつこく言ってきたのは計算外だった。冗談じゃない「俺みたいな虚弱児が野球なんかやったら干からびて死んじゃいます」って必死で断って今日は帰ってきたけど、明日もまた誘われたら嫌だなあ。 ちょっとは覚悟してたけど、あんなにしつこいとは思わなかった。今日なんか昼休みと放課後と帰宅途中の地下鉄とで合わせて三時間勧誘されちゃったよ。その球があれば確実に甲子園行けるって言われても、あんな暑そうなところ行きたくないしなあ。それに甲子園に出るためには市の予選で3試合、県大会で4試合勝たなきゃいけないらしい。無理無理、もう絶対無理、7試合なんて投げるどころかグランドに出るだけで絶対死んじゃう。 どうして、連中はあんなに熱心なんだろうね。今日で5日連続の勧誘だ。そんなに熱心に勧誘する暇があったら練習すれば良いのに。岡田さんなんか「君が投げ抜く体力がないのは解った。その点については僕たちが君の体力アップの手伝いをしよう」と言い出した。野球やってる人ってどこか変だぞ。そうかと思えば誰に丸め込まれたか知らないけど高木が妙に親しく話しかけてくる。そりゃ最初は嬉しかったけど、というか今も嬉しいんだけど、どうも俺を野球部に入れたがってるような気もするなあ。 ようやく勧誘が収まったと思ったら今度は「あの球の投げ方を教えて欲しい」と言い出した。誰がそんな都合の良い要求を聞きますかって。だいたい、エースの井村さんは物理で赤点なんだから投げ方を理解するのは無理に決まってる。と言ったことをオブラートに包んで遠まわしに言ったんだけど、岡田さんは「今は報酬を払えないけど必ずお礼はする。井村じゃ投げるのは無理だというなら僕が投手に転向しよう」とあくまでも引き下がらない。これだけ真面目な秀才がどうして野球をやってるかって事の方が魔球よりよっぽど不思議な気もするんだけど。そのことは口に出さず、ひたすら謝りながら逃げてきた。そろそろ他の気の荒い連中が俺を脅しに来そうな気もする、今は岡田さんが抑えててくれるけど。 結局、勧誘は三年の春まで続いた。野球部は県大会のいいところまでは行ったんだけど結局一度も全国大会には行けなかった。そのたびにいろんな人から嫌味を言われたけど「じゃあ生活を一生保障してくれますか」と言うと誰も文句を言わなくなった。最初からこう言っておけば良かったな。高木とは付き合うこともないままフェイドアウトしてしまったのが一番の心残りだけど、野球をしない俺に興味がないのなら未練なんか無いや。いや、ちょっとあるけど。 大学に入ってからも、野球部が噂を聞きつけて誘いに来たが、こちらも断固として断りつづけたら、最初からあまり信用はしてなかったらしく二度と勧誘にはこなかった。やはり実際に球を見てない人が相手だとこっちも楽だな。これでやっと魔球から開放されそうだ。せっかく作った魔球が日の目を見れないのはちょっと可哀想だなと思うけど、そもそも高木の気を引こうとして作った魔球だ。もう出番はないだろう。 と思ったら今度はプロが破格の条件で誘いに来た。プロ入りした岡田さんがチームのスカウト部門を焚きつけてしまったのだ。なんてしつこい人なんだろう。とは言え俺も馬鹿だった。酔って気が大きくなったせいで、魔球の威力を偵察にきたプロのスカウトだとは知らずにうっかりあの球を投げてしまったのだ。さすがにプロのスカウトは巧妙で、俺に体力が無い事を充分に知ってて「チームの練習に参加しなくて良い」「一試合に最大で1イニング以上投げる必要はない」と俺にも呑むことができそうな条件を付けてきた。岡田さんも「君の夢を実現するために、ちょっと遠回りして資金を稼ぐと思えば良いじゃないか」と説得にきた。プロになっても岡田さんは相変わらず真面目だなあ。 もう俺も限界かも。メディアに直結したプロ集団と一個人じゃ勝負にならない。これ以上断り続けたら悪者として世間に晒されるかもしれない。俺は入団する代わりにそのチームのリリーフエースの年俸の10%に相当する金額にインセンティブを付けるという条件で、三島という若手投手に投げ方を伝授することにした。どうせ2、3年もしたら打ち方も研究されて価値はなくなるだろう。投げ方だってそのうち盗まれるに決まってる。 あれから5年、俺が投げ方を教えた三島投手は今や球界を代表するクローザーとなり毎年リリーフ記録を更新している。きっと自分なりにいろいろ工夫して磨きをかけて来たのだろう、もうあの球は彼の物だ。ちょっと意地悪して他のチームの投手にも投げ方を教えてやろうかと思うこともあるけど、それも大人げないしな。それに俺は俺であのときの報酬を元手に仕事を始めて順調に暮らしてるんだ。 その三島投手が何でも随分と綺麗な女性と結婚したらしい。さすがに、こんなときはちょっと羨ましいと思う。おっ、テレビでもそのニュースをやってるぞ。さすが世界のクローザー三島、すごい美人を見つけたなあ。…って畜生、高木だよ。
まだ五月だというのにやけに暑い。それにしても静かな街だ。こんな静かなところに住むような奴だとは思わなかったな。お、ここか。結構立派な家じゃないか。こんな良い家に住んでるとは、薄汚れたマンションで暮らす私とは大違いだ。
「おう、早かったな」 呼び鈴を押すと三年前と変わらぬダミ声がインターホンから聞こえてきた。そして厚くて大きなドアが開きやはり三年前と変わらぬ顔をした佐藤が出てきた。 「場所、すぐ解ったか?」 「ああ、地図が正確だったからな」 田中と会うのは三年ぶりだが相変わらず神経質そうな顔をしている。こんな表情でも上機嫌なのだと解るまで半年かかったのを思い出した。奴にしては珍しく汗をかいているところを見ると外は暑いのかもしれない。 「外は暑いのか?」 「5月だというのに、摂氏30度はあるぞ」 いちいち摂氏と付けるところなんか全然変わって無い。まあ三年くらいで話し方が変わるわけないか。 「まあ、入ってくれ。話はそれからだ」 「食べ物は用意してるって言ってたから、ビールしか持ってこなかったぞ」 本当はワインを買おうと思ったのだが、コンビニしか見当たらなかったので、ワインはあきらめてビールにした。幸いコンビニにはエビスがあったのでたくさん買ってきた。「15歳からずっとエビス党」を自認する佐藤にはちょうど良い土産だろう。 「悪いな、手ぶらで良かったのに」 そうは言いながらも、佐藤はもう一本目に手を伸ばしている。田中もしょうがないなと言いながら三年ぶりの乾杯となった。あれ、これは誰の視点だろう。 「最初から、何の説明もなく視点がぶれている上に、謎の視点まで増やされたら読みにくくてたまらないんだけど」 俺もそう思う、俺ってのは佐藤だけど。ところで今しゃべったのは誰だ?視点だけじゃなくて台詞も混乱してるんじゃないのか? 「こんなことが、あって良いのだろうか。ここには私と佐藤しか居ないというのに。話をしている人がどうして何人もいるのだ?私は疲れているのかもしれない。それとも佐藤の家が立派だと言うことに対して卑屈になっているのだろうか。うわっ、これは台詞だったのか!」 台詞と心理描写の区別が付かなくなった俺を見て田中も激しく混乱しているようだ。あれ、田中は私じゃないか。混乱してるのは私の筈だぞ。 「おいおい、もう一回ちゃんと整理してから書いた方が良いんじゃないのか?それから視点は俺か田中のどちらか、またはいわゆる神の視点に統一しなきゃ駄目だろ。まずは落ち着いて考えようぜ」 気が付けば佐藤は冷静さを取り戻しつつある。がさつな分だけ立ち直りが早いのかもしれない。昔からこういうときは私と違って頼りになる奴だ。一方、田中の方はと言えばまだ呆然としてる。あれ?だからこれは誰の視点なんだよ。 そして混乱は果てしなく続く。
いきなり後ろから首を切られた。今まさに地面に追突しようとしている俺。一瞬だけ胴が見えた。うわあ、首から血を吹いてるぞ。と思ったと同時に俺は地面に落ちた。胴体の行く末が気になるが、残念ながら地面しか見えない。頭だけの俺は振り返ることすらできないのだ。あれ、何故だろう?不思議と痛くない。痛いのは胴の方なのか?いやいや、首だって切られてるんだし地面に思いっきりぶつかってるんだから頭だって痛い筈じゃないか。いやいやいや、待て待て、そんな問題じゃない。その前に普通死ぬだろう。どうして意識があるんだ?そっか、もう死んでるのかもしれないな。死んだこと無いから解らないけどこの状態が死ではないという保障はどこにもない。そうか死んだらこうなるのか、案外冷静だな俺って。
と思ってたらいきなり髪の毛をつかまれて持ち上げられた。回転しながら上昇する俺の視点。目が回る。実際は頭が回ってるわけだが。持ち上げてるのは誰だろう。俺の首を切った奴か?うわっ俺の胴じゃないか。目もないのによく頭の場所がわかったな。いやいや、それ以前に何故動いてるんだ?俺の胴よ。これはさすがに変だぞ。首を切断されたら死ぬ、これは当たり前。切断された首に意識があるような気がするけど実際は死んでる、これはかなり怪しいが誰も死んだことないので仮にありとしよう。でも同じく死んでる筈の胴が動いて首を持ち上げるってのはどうなの?これはいくら何でもなしだろう。 あ、そうか。夢だろこれ、夢オチってやつだな。もうちょっとしたら飛び起きて「あたま、あたま」とか言いながら頭を触ってほっとするんだろ?「あ、あった。何だ夢か」とか言って汗びっしょりなんだろうな。明日、小暮に話してやろう。あいつホラーとか好きだから受けるぞ、きっと。さあそろそろ良いだろ、目を覚まそう。 あれ?まだ続くのか。長くてメタな夢だな。俺の胴は何してる?俺を、というか頭を乗っけようとしてるみたいだけど。あ、落としやがった。畜生、また目が回るじゃないか。馬鹿か俺の胴、頭悪いなあ。いや俺がその頭か。で、また髪の毛つかんで持ち上げるし、よせよ抜けるって。しかもまた首に乗っけるつもりか?無理だって切れてんだから。あきらめろよ。そうそう、しっかり両手で抱えてくれよ。 ところで俺の首を切った奴は誰なんだろう?夢とは言っても気になるな。知ってる?俺の胴よ。知らないだろうな、俺が見てないんだから。なかなか目も覚めないみたいだし、探しに行くとするか。行くぞ俺の胴、付いて来い。いや違うな、持って行ってくれ。 こうして俺と俺の胴は、俺の首を切った奴を探し回る旅に出た。そろそろ一ヶ月になるが、俺の首を切った奴はまだ見つかっていない。目も覚めていない。とても嫌な予感がする。これは夢じゃないのかもしれない。
烏が鳴いている。随分と甲高い声で鳴く烏だ。誰かの話し方に似ている。同じ部署の佐伯だ。そういえばあいつは烏みたいな顔をしてるな。妙にずる賢いところも烏のようだ。佐伯は烏だ。俺が些細な間違いをしたからどうだと言うのだ。烏め。しかも丁寧な口調で話しつつも結局は俺がいかに悪かったかを事細かに説明しやがって。烏め。
また烏が鳴いた。馬鹿かお前は、鳴いてどうしようと言うのだ。そんな事だからいつまでたっても烏のままなのだ。お前の目つきが気になると木村も中島も花田も言っていたぞ。お前の話し方が気になると佐々木も今岡も新谷も言っていたぞ。何か気の利いた事をしてみろ。いやお前が気の利いた事をしたら余計腹が立つ。 烏が俺の方を見ている。笑ってやがる。笑い方まで佐伯に似ている。おい佐伯、お前はなぜ笑ってるんだ?ちっ、また笑った。何が 「立花さんはこういった子供っぽいことは興味無いでしょうから」 だ。俺が無趣味でつまらなくて面白味がなくて頭が固いと言いたいんだろう。畜生、何故俺が烏に馬鹿にされなければならないんだ。 まだ烏は俺を見ている。俺を見下している。ふざけるな佐伯、烏のくせになに見下してるんだよ。頭が良いからか?後輩に信頼されているからか?それともスタイルが良いからか?美人だからか?……好きだ、佐伯。 階段
ふと、このビルの階段を登ってみようと思った。最上階は25階、きついかもしれないけど無理な高さではないだろう。地下2階から8階までは店舗、9階から14階までは賃貸オフィス、15階から25階がホテルになっている、すべて一般人が入ることができるフロアだ。すべての階段が利用可能に違いない。
8階までは楽勝、9階から先もちょっと迷ったり掃除の人に睨まれたりしたけど大丈夫。心配だったホテルの階段も怪しまれる事なく登ることができた。かなり疲れたけどあと3フロアだ。最上階にはレストランがあるはず。ビールでも飲もう。 へとへとになりながらも何とか25階についた。やっとビールだ。とドアに手を掛けたんだけど、あれ?開かない。くそ、お約束どおりじゃないか。さあどうしよう、ひとつ降りて24階から入るか、それとももう1フロア登って…、登って?登り階段がまだあるな。そっか屋上に出るんだ、それともエレベータ室かもしれないな。せっかくここまで来たんだ、最後まで登ってやろうじゃないか。 何故だろう?まだ階段を登っている。壁には32Fて書いてある。ここもドアは開かない。いくらなんでも多すぎる、ここって35階建てだったっけ。そんな気もしてきたぞ。よし35階まで登って駄目だったらあきらめて降りることにしよう。 そうじゃないかと思ってたけどやっぱりガッカリだ。35階のドアも思ったとおりびくともしない。残念だけど降りることにしよう。次こそ入れるような気もするけど…。おっ「37階まではドアの利用はできません」て書いてんじゃん。あと2つだ行ってみよう。 汚えな。さっきから36Fばっかだよ。これで5個目だ。てことは、この36Fは本当は40階てことか?そんなのありかよ。そもそも、ここは一体何階建てなんだ?意地で登ってきたけどもうさすがに限界、自分の足じゃ無いみたいだもん。俺だって仕舞いには怒るよ。次37階じゃなかったら今度こそ降りる、降りるったら降りるもんね。 あれっ、37階だ。次で降りるって言ったとたんこうだ。タイミング良過ぎるぞ。ひょっとしてドッキリか?そうだドッキリだろこれ、じゃなかったら変だもん。25階しか無いはずなのに40以上もフロアもあるし、いちいちドアに鍵かかってるし、36階ばかり続くし、もう降りるって思ったとたんに37階が出てきたし、ドッキリだよこれ。ドアの鍵も…、ほら開いてるよおい。居るんだろうなこのドアの向こうにヘルメット被ってプラカード持った人が。俺、何てリアクションすれば良いんだろう。知ってたよって顔したら白けるだろうしなあ。やっぱ間抜け面しなきゃ駄目かな。まあいいや、さあ開けるぞ。 |
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