GUZZLING All good children go to heaven. |
時々左足だけが短くなっている夢をみる。どんどん短くなるといった不思議な現象の夢ではなく、最初から左足の短い自分が出てくる夢だ。夢の中の私は昔からそうなのか、左足が短いということを当たり前のこととして受け入れているようだ。
短いといっても、日常生活に支障がある訳ではない。夢の中なので正確には把握できないが、おそらく4から5cmといったところだろう。夢の中の私は普通に立っているときに右足の膝をいつも軽く曲げている。歩くときは、いつも少し体を傾けている。ちょっとぼんやりして歩くとどんどん左に曲がってしまうのでいつも正面を見て歩くようにしている。夢の中の私は日常生活には全然支障はないけど、ちょっと不自由な体を巧く操りながらなんとか暮らしているようだ。 不思議だなと思うのは、左足が短いことで夢の中の私が感じてる少し不自由な感触を私が実感できているという事だ。夢の中で感じた、左足だけ少し背伸びする感触、曲げながら体重を支えるので右足の前腿が疲れる感触、小走りするときのスタッカートの感触などなど実際にそうなって見なければ解らないんじゃないかということまでリアルに覚えているのだ。 ひょっとしたら夢の中の私が本物かもしれないなどと子供じみた妄想が浮かんだ。少し照れくさい。仮にそうだとしても、今両足の長さが等しいこともしっかりとリアルに実感しているのだから問題は解決していないのだ。 一方、夢の中の自分が持つ左足が短いという感触がリアルであるという保障はどこにもないのだということに気付いた。勝手にリアルな感触だと思っているだけで、実際には全然違うのかもしれない。左足が短いということを経験したことがあるわけでもないのだ。 本当にリアルな感触なのか気になるので、左足を4cmほど短くしてみた。短くしてみて解ったが、夢の中で感じた感触はやはり正しかった。初めて体験した気がしない、それくらいリアルな感触だったのだ。夢と言うのは不思議なものだと思う。 左足が短くなっている夢も見なくなった。
「つまり、佐々木常務は会長派から全面協力とは行かないまでも、ある程度のバックアップを受けたい訳です」
「ふうん、ある程度ねえ」 「三村様もご存知かとは思いますが、会長派は一応常に中立である事が売りというか存在理由みたいなものですから、露骨に常務の味方をする訳には行かないのです」 「なるほどねえ」 「ところが、それだと面白くないのがメ研です。連中はとにかく外からの注目を浴びてますからとにかく声が大きい。それが正論である場合も多いのですが周りが彼らについて行けない事が多く軋轢が生じ始めています」 「確かメ研の連中って若いんだよね?」 「ええ、平均年齢は30後半です。確かにメンバは若いのですが、それを束ねる御大吉川氏が彼らをわざと自由に発言させているきらいがあります」 「あ、まだあの爺さんの影響力ってまだ大きいんだ」 「影響力どころか現役バリバリで成果を出されてますので、一度へそを曲げると厄介なのです」 「元気な爺さんだなあ」 「佐々木常務としては、吉川氏にはフロントラインで良い物を作る出してるだけの人であって欲しい訳です」 「なんか嫌な人なんじゃないの?その佐々木常務って人」 「そう言ってしまえば元も子も無いのですが、会長もその辺を充分ご承知で、どちらかと言えば汚れ役を佐々木常務に押し付けて吉川氏を汚い部分から遠ざけたいという意向がおありのようです」 「あ、すでに会長が噛んでるの」 「もちろんです。私も会長のご指示で動いております」 「そうか、田中君は今は会長に直付きなんだったね。ごめんね最近その辺の事情に疎くって」 「いいえ、私の説明不足です。申し訳ございません」 「会長の意向とあっては断るわけには行かないな。田中君の言うとおりにするよ。で、どうすればいいの?」 「恐れ入ります。三村様は相談役という立場上、あからさまに佐々木常務に肩入れして頂くわけにも行きませんので、会長派を常務サイドに向うよう後押しするというよりは、佐々木常務と会長派の間に信頼関係が既に築かれているという雰囲気を広めるのにご協力いただきたいのです」 「なるほど」 「そこで、三村様には会長とのラインが今でも健在であることをそれとなくアピールしていただくとともにメ研の動向については組織としてではなくプロダクツとして関心を持っていることを表明していただき、また佐々木常務に関しては好感を持っているように振舞って頂くようお願いしたいのですが」 「了解、そうさせてもらうよ」 「ありがとうございます。三村様にご協力いただけるとこちらと致しましても大変に助かります。それでは失礼致します」 「おーい、木村ぁ。今の聞いてただろ?結局俺は何をどうすれば良いんだ?」 「明日の朝食会で会長と佐々木常務の間に座ってにこやかにしていてください。あとは田中さんがメ研の話題を振りますので『そうだね』って言えば良いですから」
トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル
8, 9, 10。 うーん出ないな。どっか出かけてるのかなあ。でも午前3時に出かけてるってのも変な話だな。家に居ると思うんだけどなあ。 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル 28, 29, 30。 もう寝てるのかもしれない。明日は出張だから5時起きのはずだし。きっと寝てるんだろう。寝てるときに電話するのもまずいか。家族の人も朝が早い仕事のようだし、これ以上鳴らすと迷惑がかかるかもしれないな。マナー違反になる前にそろそろ切った方が良いかも。 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル 58, 59, 60。 もしかしたら今出ようとしてるところかもしれないぞ。大急ぎで電話機に向ってる途中だよきっと。だったらここで切るのも何だか悪いなあ。意地悪してるみたいだ。もうちょっとだけ待って見るか。 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル 98, 99, 100。 あ、確か弟さんが受験生なんだよな。今でも受験生って深夜放送聴いてるのかな。聴取者が参加するコーナーに葉書を書いたりしてるかも知れない。ラジオ局からかかってきた電話だと思って弟さんが出たらちょっと嫌だな。何て言おう「始めまして、未来の義理の兄です」と言ったら引くかな。 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル 148, 149, 150。 さすがにそろそろ切らないと迷惑がかかるかもしれない。家族に迷惑かけると、弓子さんに嫌われるかな。でも僕だって夜中に眠れなくて大変なんだし、話相手が欲しい時だってあるんだから家族の人もちょっとは我慢してもらわないとね。これって、ちょっと自分勝手なのかなあ。 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル 198, 199, 200。 じゃあ今日も300まで待って出なかったら諦めよう。話が出来なかったのは残念だけど、弓子さんと弓子さんの家族のことをいろいろ想像するのは楽しかったな。弓子さんだって僕が深夜でも弓子さんのことを考えてるって知ったら嬉しい筈だよ。 トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル 278, 279, 280。 ふう、今日も駄目かもしれないな。最近つながらない事が多いし。まあ良いさ、明日は新幹線のホームでも出張先の駅でも昼ごはんのときにも、とにかくいろんな場所で弓子さんを見ることが出来るんだ。と思ったらこんな時間だ、僕も明日は5時に起きなくちゃ。今日の「弓子さん観察日記」を書いて弓子さんに送ったら寝るとしよう。298, 299, 300。 ガチャン
「こんにちは。私はタイムトラベラーです」
ああ、どうしてこの店には変な奴ばかりやって来るんだろう。今日のこいつなんか特に危ないぞ、目つきも何だか変だし。だいたい何だよ、よりによってタイムトラベラーってのは。 「あ、私がイカレた人だと思ってますね。みんな同じ反応をするんだ。昔の人って素朴で面白いなあ」 いやだ、いやだ、いやだ、どうしてこんな奴の相手をして貴重な時間を無駄に過ごさなくてはいけないんだ。店番なんか引き受けるんじゃなかった。どうせバイト代なんかくれないんだし断れば良かった。 「私は、はるか未来から来たんですよ。ほら」 そういって危ない人は、昔の漫画に出てきそうな未来風デザインの時計を差し出した。しかもでかくてアナログじゃん。その時計のカレンダーには2003年て書いてある。 「ふーん未来からねえ、ってそれ今年じゃない」 しまった思わず突っ込んでしまったよ、悪い癖だ。どうして私はこんな危ない人を相手にしたときまで笑いを取ろうとするのだろう。 「あれ、行き先間違ったかな?今何年?」 「だから2003年だって。」 もう完全に危ない人ペースで話は進んでる。もういいや、どうせ暇なんだし、この人も危害を加えるつもりも無さそうだからつきあうよ。 「そんなはずはないよ。2003年って何暦で?」 「何暦って言われても、いわゆる西暦だけど」 「西暦ってグレゴリオ暦のこと?ひょっとして」 「あ、それそれ」 「うわあ、何を間違ったんだろう。全然違うところに付いたよ。怒られんだろうなあ」 やばい、演技に引き込まれつつあるぞ。どこに行きたかったと言う設定なんだろう?気になるなあ。 「てことは、ええと」 電卓を取り出しながら計算し始めた。何で電卓なんだよ。とにかく突っ込みどころが多くて飽きさせない人だ。 「紀元前342年かあ、凄いなあ。原始人じゃん」 原始人とは失礼な奴だと思ったけど、反応が見たくなってちょっとふざけてみた。 「そう、原始人です。うっほ、うっほ」 「うひゃひゃひゃ、原始人だ原始人だ」 危ない人は笑い転げている。こんなに受けるとは思わなかった。 「てことは、この原始人の私の使ってるグレゴリオ暦からみると、あんたは4348年から来たってこと?」 「え?そうかな、ちょっと待って」 また電卓を叩き始めた。 「すごいな、原始人て暗算が得意なんだ。自分で計算しなきゃいけないからな。でも1年違ってたよ。多分、紀元0年を入れ忘れてるんだろうけど」 どうやらこいつらの暦には0年があるという設定らしい。 「悪かったな、こっちの暦では紀元1年の前の年は紀元前1年なんだよ」 「あ、やっぱそうなんだ。古代史で習ったもん。そういう非合理的なシステムってあこがれちゃうな」 電卓を叩かないと簡単な足し算もできない奴に数字の合理性についてコメントされたくない。 「ところでそのタイムトラベラー君は、こんなところに何しに来たの?」 「いや、ただの観光ていうか本当はパックのツアーはずなんだけど、はぐれちゃったんだよね」 危ない人にありがちなご都合主義だ。ここに来た経緯と話がつながって無いじゃん。そろそろ相手をするのも疲れてきたので追い返すとするか。 「それは気の毒だと思うんだけど、私は原始人なんであなたのお役に立てそうもないよ。帰ってくれないかな」 「それもそうだね。でも昔の人と話ができて楽しかったよ」 思ったよりすんなり帰って行った。ここには変な奴がたくさん来るけど、今日のは群を抜いて変な奴だったなあ。 「どうでしたか?例の…」 「全然変化なし。相変わらず歴史の世界に閉じこもってるな。でもひとつ発見があったよ」 「へえ、どんな?」 「ただ闇雲に古い時代じゃなくて、今がグレゴリオ暦で2003年だっと思ってる。数字だけ合ってるってことだね。この辺が鍵じゃないかな」 後にグレゴリオ症候群と呼ばれる疾患の存在は、このような経緯で確認されたと言われている。 虫弾の街
6月、今年最初の虫弾警報が出た。ほとんどの市民は既に半月前から強化タイヤに履き替え、保護ネットを取り付けた車に乗っていたので、さほど混乱も無いものの嫌な季節がやってきたことに変わりは無く、緊張感とあきらめが街を覆っている。外を歩く人もほとんど居ない。たまに居るのはのろのろと歩き回っている重装備の警察官くらいのものだ。車から乗り降りするときにうっかりと虫弾にやられた人が倒れていないか街をパトロールするのが彼らの重要な仕事だ。どうやら虫弾当番は新人の役割らしくみな一様に慣れない動作で、不機嫌な顔をしている。
虫弾は黒くて異常に固い殻を持つ大きさが5mm-10mmの甲虫の一種だ。一度聞いたら二度と思い出せないような正式名称も付いているのだが、その名前で呼ぶ人は居ない。そしてこの虫弾、通常6月中旬から8月にかけて地上30cmから120cmくらいの範囲を時速100km以上の速さで飛ぶという迷惑な習性を持っている。連中は前を全く見てないのか、行く手をふさがれても止まったり除けたりするということを一切行わない。飛んでる姿を肉眼で捉えることはまず不可能と言っていいだろう。もちろん石のように固い物が高速でぶつかって、場合によっては体を貫通するのだから痛くないわけは無い。拳銃の弾丸と虫弾の両方に足を撃たれた事があるという物騒で不幸な体験をした男によると着弾のショックだけなら拳銃の方がはるかに大きく、虫弾は小口径の拳銃で遠くから撃たれたくらいの威力だと言う ただ、虫弾の本当の恐ろしさはこれだけではない。この虫の体液は、人間には神経毒として作用するため、体に入っておよそ1分後にとてつもない痛みがやってくるのだ。子供の場合、背が低いこともあって頭や心臓に当たることもあり着弾の威力だけで命を落とすことも珍しくはないのだが、それでも神経毒の傷みを知っている人は、着弾のショックで即死した人の方がまだ幸運だと言う。腿を貫通した瞬間ですら気絶しそうな痛みなのに、その後襲ってくる体液毒による痛みで気絶することすらできない。痛みは3日ほど持続するため、耐え切れず自ら命を絶ったり、暴れ過ぎて頭を打ち死亡してしまうケースも少なくはない。 虫弾は10年ほど前からこの街で発生したと言われている。最初の発生が確認されてから2年後にカナダの田舎町で、更に次の年にニュージーランドでと全部で6つの地域で虫弾が発生が確認されている。なぜ急に発生したかはまだ解っていない。突然変異の新しい甲虫であるという説と、環境の変化により以前から居る虫の隠れた習性が現れたという2つの説が今のところ有力だ。何せ虫弾は捕獲しようとしても自らの勢いで潰れてしまうので飼って観察することができないため、その習性がほとんど解っていないのだ。それでも毒の成分や行動を起こす条件は少しずつ明らかになって来ている。特に気候と日照時間に密接な関係があるという事が解ってからはかなり正確に発生を予想できるようになった。虫弾警報が発令できるようになったのもそのおかげと言って良いだろう。 珍しく大勢の人が外を歩いている。全員が警官以上の重装備で身を守っているのだが、警官と違ってどこか浮かれた印象を与える集団だ。先頭の人が持っているプラカードにはその一行を連れて来た旅行代理店の名前が隣の国の言葉で書いてあった。今年から虫弾を体験するというツアーが隣国で企画され、先週あたりから少しずつ観光客が訪れ始めたのだ。虫弾の被害に悩む市民の中からは不謹慎なので止めてもらいたいという声も上がったが、ここ数年初夏の観光シーズンが事実上消滅していた事もあり、背に腹は変えられないと一応は歓迎されている。観光好きな隣国の人たちは、多くの観光収入をもたらしてくれるからだ。 虫弾体験ツアーの一行は防護服への着弾のショックに驚いたり、強化アクリルカバーで頭を覆い、文字通り目の前まで飛んでくる虫弾の恐怖を楽しんでいた。そんな中、観光客の一人が防御服の上から肩に掛けていたかばんの中身を道路にぶちまけてしまった。どうやら留め金に虫弾が命中したらしい。この街の人なら誰でも知っている「荷物をむき出しにして歩くのは危険だ」という常識を旅行代理店は徹底していなかったのかもしれない。次の瞬間、爆音と共に黒く濃い霧が猛スピードで観光客を襲った。今まで誰も見たことがない規模の虫弾の群れだ。どの虫も荷物がこぼれたあたりに向っている。防御服に守られてるとはいえ無数に飛んでくる虫弾が相手ではいつまで持つか解らない。観光客は恐怖に駆られ重い防護服でどたどたとバスに向うものの、転んだ際に手袋が脱げて手のひらに穴が開いた者や、うっかり頭の覆いを外してしまったために苦しむことなく亡くなる者もいる。結局、無傷でバスに戻ることが出来たのは20人中14名、着弾した6名のうち2名はその場で息絶えた。 虫弾の異常発生が収まった後、虫弾のターゲットとなった場所には虫弾の死骸で出来た高さ80cmほどの小山が残されていた。小山を書き分け虫弾の中心にあるものを探ってみると、そこには香水の瓶が発見された。隣国で発売されたばかりのその香水に含まれる成分が虫弾を強烈に引き寄せるようだ。直ちに虫弾をおびき寄せるためにその香水を取り寄せたところその効果は素晴らしく、わずかな量で数多くの虫弾を引き寄せることが判明した。この効果を利用して警報が発令された日にあちこちで同時に香水を塗りつけた金属板を置いただけで何百万匹もの虫弾を始末することができた。これを何度か繰り返すと虫弾の発生量は目に見えて減っていった。このまま行けば来年中には撲滅も不可能ではないとまで言われるようになり、沈みがちだった街にも活気が戻ってきた。 虫弾の大量の死骸はこれまでと同様に埋立地に捨てられた。体液の毒が環境に与える影響を心配する声もあったが、人間以外の生き物に与える効果が発見されていないことと、土壌にしみこんだ場合もすぐに中和され人体への害がなくなるという実験結果を理由に押し切られてしまった。山に捨てて飲み水が汚染されることに比べればましという理由でそれ以上反対する人も少なかった。 異変はその年の秋に始まった。虫弾の死骸を好んで食べる鳩が大量に発生したのだ。しかも虫弾の死骸を食べた鳩は虫弾と同様にとてつもない速さで上から飛んでくるという厄介な習性を持ってしまった。もちろん当たったときの被害は虫の比ではない。性質の悪い事に鳩はその街だけではなく瞬く間に世界中に被害をもたらした。それだけではない、鳥弾化した鳩の糞には虫弾の卵がしっかりと生きていたため、鳩により虫弾の卵は世界中にばら撒かれたのだ。鳩がばら撒いた卵から孵った虫弾は確実に生息地を広げ街を襲い、虫弾の死骸を食べた鳩もまた鳥弾となり街を襲った。 もう世界中どこに行っても屋外に安全な場所はない。人々は地下や屋内で植物を育て細々と命をつないで行くしかなかった。絶望に覆われた世界に非情な最後の一撃が待っていた。地面や人に激突して死んだ鳩を食べた鼠までもが高速で走る鼠弾となり街を襲い始めたのだ。もはや地下も室内も安全ではない。本当の絶望は始まったばかりだ。 |
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