GUZZLING All good children go to heaven. |
「お前ら全員殺されても仕方ないことしてるんだからな」
「すごいね、ここに居る13人より自分の命の方が価値があるって言ってるんですよ」 「いやいや、それどころじゃありませんよ。この人生きてるんですから。この人がちょっと苦労したり嫌な目にあった事による損失がここに居る13人全ての命や業績や将来よりも価値があると言ってる訳です」 「自信家ですねえ」 「立派な人なんでしょう」 「お前らなんかに何が解るって言うんだ。お前らのせいで俺ばかりじゃない女房と娘がどれだけ苦労したと思ってるんだ」 「おやおや、家族を持ち出しましたよ。私は妻と息子2人と私の母を扶養してますけど、その4人を足してもこの方のご家族の方の2年間の苦労を思うと路頭に迷っても仕方ないと言うんでしょうなあ」 「うちは弟が難病と戦っていて弟自身も私もなかなか大変なんですけどこの方とご家族の苦労とは比較にならないんでしょうな」 「ならないんでしょうよ」 「さっきからうるせえな。てめえらみたいな社会のクズにそんなこと言われる筋合いなんか無いんだよ」 「私なんかは税金を結構納めてるし地域のために無報酬で働いてるんですけど社会のクズなんでしょうな」 「私は寄付をしたり、学資に困っている学生さんを援助したりしてるのですが、この方のお子さんの未来に比べたら微々たる物なのでしょうな」 「うるせえ」 ズドン 「うわあ、鈴木さん。お気の毒に」 「お子さんも可愛い盛りだと言うのに」 「足の悪いお父様を毎日病院に送り迎えしていたのに」 「そうまでして自分の悔しさを晴らしたかったんでしょうな」 「元はと言えばこの方がギャンブルで作った借金が返せなかったことが原因なんですけど、私たち社会のクズでは伺い知れない事情が他にもあるんでしょうな」 「ここに居る13人とその家族42人の命や生活と引き換えに晴らされる無念が高々ギャンブルで作った借金が返せなかったことが原因な訳ないでしょう」 「うるせえ」 犯人はその直後に逮捕された。犯人は拘束され毎日被害者やその家族、警察官、報道関係者、加害者の家族に毎日耳元で叱責され嫌味を言われ軽蔑の言葉を投げられている。終身刑が確定したあとも拘束は解かれることなく、色々な人が録音した犯人への言葉や掲示板のログの自動読み上げによる音声が24時間ヘッドフォンから流れつづけている。 とっくにその男には意味など解らなくなっているが。
「助けてください」
「お困りのようですね。お力になれるか解んないけどできるだけのことはしますよ」 「ありがとうございます。私は魔法使いによって醜い人間の姿に変えられてしまったのです」 「醜いって失礼だなあ」 「はっ。申し訳ありません。醜いと言うのはあくまでも私達の価値観です。大変失礼致しました」 「そうだね。例えば人間はオコゼを見て醜いと思うけど、オコゼにしてみれば人間なんて気持ち悪いと思うだろうからそれと一緒だ」 「どうぞお許しください」 「いえいえ、こちらこそ。それで、僕はどうすれば良いの?僕に出来ることでしたらお手伝いしますよ」 「ありがとうございます。それでは魔法を解く薬を作るので材料と場所をご用意願えないでしょうか?」 「えーと、僕は魔法とか良く知らないんだけどそれってどこに行けば手に入るのかな?」 「材料を言いますので、手に入るかお教えください。食塩、水、酢酸、鉛、エタノール。以上です」 「あれ?そんなので良いんだ。それならスーパーと薬局と釣具屋を周ればすぐに手に入るよ。大量にと言われると困るけど」 「材料に拠りますが、一番多い物でも約500g程です」 「なら大丈夫。あと道具は何か必要?」 「加熱するための設備が必要です。無ければ焚き火でも可能です」 「そのくらいの火力で良いならうちの台所でできるね。それで全部?」 「はい。これで全部です」 「了解。じゃあ材料を揃えて僕のうちに行きましょう」 「ありがとうございます」 こうして、僕は醜い人間に姿を変えられた気の毒な青年を家に連れてきた。材料をすべて並べ、要らない鍋を駄目にしても良いからと言って渡し、ガスコンロの使い方を教え、後は邪魔をしないで居間でテレビを見ていることにした。途中ペットボトルの開け方と火の消し方を訊かれた以外は特に問題は発生しなかったようだ。薬を作り始めて90分後、台所から青年が出てきた。 「ありがとうございます。おかげさまで魔法を解く薬を作ることができました」 「お役に立ててなによりです。これで醜い人間の姿ともおさらばですね」 「勘弁してくださいよ。もう言いませんから」 「ごめんごめん。もし嫌じゃなかったら元の姿も見せてもらえるかな?」 「多分人間から見たら醜いと思いますよ。でもそれでお互い様になりますね。お世話になったお礼と言っては失礼ですが、話の種にはなると思いますので元の姿をお見せしましょう」 僕は人間と美意識の異なるその生き物が何であるか知りたかった。悪趣味かもしれないが「僕が醜い○○に変えられたときは助けてくださいね」とその生き物を小馬鹿にしてやろうとも思っていた。青年は元に戻るには5分ほどかかりますのでその間は手を出さないでください言って、出来たての薬を一気に飲み干すとその場にしゃがみこみ動かなくなった。 5分後に立ち上がったのは今まで見たことのない美しい生き物だった。他の何にも喩えようの無い絶対的な美。美が相対的なものだなんて言ったやつを殺しに行きたくなるような美しさ。完璧という言葉を二度と使いたくなくなる本当の完璧。醜い人間に変えられて正気でいられたこと尊敬の念すら覚えた。 「どうですか?人間から見たらやはり醜い生き物でしょう」 「……」 「そうでもなかったようですね」 醜い私への哀れみと慈悲を含んだ視線を投げ、美は僕の部屋から出て行った。
「立花、身長を伸ばす機械、要らない?安くしとくよ」
「うわあ、佐橋さん大きくなりましたねえ」 「いいだろ、ノビールって言う機械なんだけど、もう俺は使う必要ないから安く売ってやるよ」 「また思いっきり安直な商品名ですね」 「いいんだよ、名前なんて。実際に背が伸びるんだから」 「機械で背を伸ばすのって痛くないですか?」 「うーん。痛いっちゃ痛いかな」 「それは、いやだなあ」 「機械を使ってまで背を伸ばそうと言う俺の考えが痛い」 「そういう痛さですか」 「実のところ、高見盛みたいな顔したおばさんのマッサージ師が気合入れてマッサージしてきたときくらいは痛い」 「高見盛はともかくそれくらいなら耐えられそうです。どうやって使うんですか?」 「寝そべって頭と足にベルトを取り付けてスイッチを入れるとぐいぐいと引っ張られるんだ。それを毎日1時間やると最初の1ヶ月で5cmは伸びるね」 「嫌になるくらい単純な原理ですねえ。佐橋さん10cm以上は伸びてますけど、そこまで伸ばすのにどのくらいかかりました?」 「俺はだいたい4ヶ月やって12cm伸びた。ほらお前よりかなりでかくなったぞ」 「でも僕がこれ使ったらまた追い越しますよ」 「それは面白くないから、7cm伸びたら誰かに売ること」 「勝手だなあ」 僕がノビールを使いはじめて1ヶ月が経過したころ、この機械の使用方法を誤り首を痛めた人や急激に身長が伸びたため体に異常をきたす人が続出し、ノビールは生産中止となってしまった。僕はちょっと怖くなって使用を止めようかと思ったけどマニュアルどおりに時間を守って(あと佐橋さんとの約束も守って)使えば問題は無さそうなので、あと2cm伸びるまで続けることにした。 「立花、あれまだ使ってるか?」 「ええ、あと2cm伸びたらやめようと思ってます」 「別に強制はしないけどな、早いうちにやめた方が良いぞ」 「またまたぁ、追い抜かれるのが嫌だからって。ちゃんと佐橋さんの身長を越える前にやめますって」 「いや、そうじゃないんだ。だいたい俺の身長を追い越すのは多分無理だと思うぞ」 「あれ?そう言えば、あれからまた大きくなってませんか?」 「うん。この前より3cmは伸びた」 「またノビール買ったんですか?」 「いや、あれはもう売ってない」 「店にはなくてもヤフオクで買ったとか?解った、ニセモノを買ったんですね、ノビーレとか」 「馬鹿か。そんなものないよ」 「じゃあどうしたんですか?」 「何もしてない。勝手に伸びたんだ」 「え?」 「伸び癖が付いたんだと思う」 「伸び癖って、もしかしたら僕も既に…」 「あれから1ヶ月だっけ?」 「そうです。ちょうど30日、5cm伸びました」 「じゃあまだ俺ほどは使ってないから大丈夫かもしれないぞ」 「もう遅いかもしれないけど使うの止めます」 僕はその日からノビールを使うのを止めたけど既に遅く、月に2cmの割合で背は延び続けた。それから一年間、僕の身長は伸び続け2mを超えようかという辺りでやっと成長が止まった。佐橋先輩は210cmまで伸びた。ただ、幸いにも急に伸びた割には体調に大きな変化はなく、いたって健康に暮らしている。頭を何度もぶつけたり服がすべて着れなくなったのが辛いけど。街に出れば、僕と同様にノビールを使って背を伸ばした人がひょろひょろと歩いている。何が辛いって「ノビール族」などという恥ずかしい名前で呼ばれるのが一番辛い。 「立花、ノビール族生活には慣れたか?」 「慣れましたよ。それはともかくノビール族って言うのやめましょうよ」 「慣れたとは言っても、もう少し日常生活に支障のない大きさに戻りたいと思わないか?」 「そうですね。戻れるなら180cmくらいが良いなあ」 「あのな、ネットでチヂームって機械を見つけたんだけど…」
27歳ブームがやってきた。早く27歳になりたい、27歳になれば何でもできそうな気がする。27歳を契機に結婚、旅行、出産、卒業、脱サラ…などなどいろいろなことに挑戦する人も増えている。すばらしい27歳の一年間。そして、27歳が終わると抜け殻のような日々が待っている。もう私は27歳じゃない。一生27歳になれない。とてもとても長い余生だけが残されている。毎年あのすばらしい27歳から遠ざかる…。
面白くないのは27歳ブームが始まったときにはすでに27歳を過ぎていた人たちだ。ほとんどの人はくだらない流行だと馬鹿にしていたが、私の27歳の一年間も確かに素晴らしかった輝いていたと言い出す人も現れ始めた。中にはどうして自分は素晴らしい一年間を無為に過ごしてしまったんだろうと後悔する人も少なくなかった。マスコミやメーカーは「37歳、47歳、57歳…も素晴らしい」「54歳は二度目の27歳」という強引なこじつけをブームにしようとしたが、どれも不発に終わった。逆にどんな年齢も27歳には到底及ばないという印象を植え付けることになってしまった。 ブームは留まることなく続いた。27歳の一年間は特権意識を持つ人が増えだし、何故か社会はそれを受け入れてしまった。税金が免除される、色々なものが安く買える、借金の金利が減らされるなどの特典が与えられるようになった。海外の旅行会社はこの点に目をつけ、27歳の一年間だけの滞在プランを提供し始めた。冷静な人たちは海外からの旅行者にまで特典を与える事に異議を唱えたが、人種・性別・国籍に関係なく27歳であることは素晴らしいという意見に押され、海外からも多くの27歳が素晴らしい一年間を過ごしに訪れるようになった。 ただし、年齢を詐称した場合は市民によるリンチが当たり前のように行われ、法も詐称した者には厳しく、事故死として扱われるのが通例となった。このため海外からの滞在プランでは詐称が発覚した場合の生命の保証はしないという条件が付けられるようになった。 日本での27歳ブームをきっかけに他の国では違う年齢がブームが人為的に始められた。既に27歳ブームに浸かっていた日本では他の年齢はブームになることは無理だったが、ブーム未体験の国では他の年齢の方が受け入れられやすかった。国同士の対抗意識が働いたのかもしれない。ブームは世界中に広がり15歳から70歳までのすべての年齢がどこかの国や地域でブームになり他の年齢に関してもほとんどカバーされるようになった。以来、多くの人たちが一生かけて毎年に自分の年齢がブームの国に移り住むスタイルを取るようになった。 - - - - - * - - - - - このように現在の世界ボヘミアン化現象は、日本の27歳ブームがきっかけで始まったのである。 ハラモト
「ガム捨てる奴、ぐちゃダセぇ」 今風の若者が怒り顔でこちらを睨んだ写真に今ひとつ意味が解りにくいメッセージが上手なのか下手なのか解らない毛筆で大書されたポスターが駅の壁に何枚も貼られている。半年前、歩道に貼り付いたガムを踏んでバランスを崩して倒れた子供が、打ち所が悪く重体になるという痛ましい事故をきっかけに始まった「ガムのポイ捨て防止キャンペーン」のポスターだ。こちらを睨んでいる若者はハラモトの愛称で親しまれている人気タレントの原島基次、メッセージに書かれている「ぐちゃダセぇ」は彼が主演しているドラマの主人公の口癖で「滅茶苦茶ダサい」という意味らしい。合同スポンサーとなっている4社の菓子メーカーにしてみれば「一応義務は果たしましたよ」というポーズのためのキャンペーンだったのだろう。商品の宣伝のためのCMには出ないと公言しているハラモトを起用することが出来たという点で話題にはなったが、それ以外は取り立てて特徴のないポスターだった。
このポスターが貼られてから、ガムが捨てられることが極端に少なくなったことに最初に気付いたのは駅や地下街の清掃員達だった。彼らによるとキャンペーンによってポイ捨てが減ることはあったが、ここまで短期間で大きな効果をもたらしたことは今まで無かったという。メディアはこの現象を当初、若者のモラル向上として好意的に受け入れると共に、ハラモトが持つ若者に対する影響力を再確認した。その一方でこれは一時的な現象であってキャンペーンが終わればまた元に戻るだろうと悲観的な見方をする人も多かった。 ところが、モラルが向上したのかと言うとそんなことはなく、路上に捨てられるガム以外のゴミが以前と比べて減ることはなかった。ただ、不思議なことに大方の人の悲観的な予想を裏切りキャンペーンが終了してポスターが消えた後もガムを捨てる人が増えることは無かった。人々はハラモトのポスターによって強力な暗示を掛けられたのかもしれない。 翌年もハラモト効果はまだ持続していた。税率アップによる売り上げダウンに悩んでいた日本たばこはイメージアップを図るべく「タバコのポイ捨て防止キャンペーン」にやはりハラモトを起用した。今回も主演を勤める映画の登場人物に併せて「吸殻を捨てる奴が許せんのじゃあ」とストレートなコピーが添えられた。この安易な二番煎じに対して人々の反応は冷ややかだったが、予想に反してこのキャンペーンも絶大な効果を上げてしまった。吸殻のポイ捨てにしかキャンペーンの効果が及んでいないこと、キャンペーンが終わっても効果が持続しているところまでガムのときと同じ結果となった。とにかくガムと吸殻が路上から消えたことに対して不満を持つ人が居る訳も無くハラモト効果は世間に歓迎されていた。 こうなるとCM業界がハラモトを放っておくはずもなく、あらゆる商品のCM出演依頼ががハラモトに持ち込まれた。これに対し、無頼というポーズを取り続けているハラモトは自費で「ハラモトは商品の宣伝をしません」という新聞広告を出すことで対抗した。ハラモトの思惑どおり翌日から出演依頼を持ち込む者は居なくなった。これはCM業界がハラモト効果にやられたことに加えて、ハラモトを怒らせたメーカーに対して不買を求める広告を出されることを恐れたためでもある。後日、効果を利用しようとしたある政治家に圧力を掛けられた事をハラモトが公表し、その政治家が一週間で完全に失脚したことでCM業界の判断は正しかったことが証明された。 ハラモトは他にも「覚せい剤撲滅」や「脱税防止」といったキャンペーンに出演し、そのたびに暴力団関係者が泣き、税務署員が泣いた(税収と仕事が一気に増えて)。今やハラモトは「モラルの最終兵器」と呼ばれるようになった。 ハラモトが飛行機事故で死んだ。それは同時にハラモト効果だけで守られていたモラルの死を意味するであろうと思われていた。ところがハラモトの死後もモラルの崩壊が起きる気配はどこにもなかった。それどころか人々は新たなキャンペーンを求めるようになった。「やってはいけないことをやらない」と言うことが快楽となってしまったのかもしれない。加えて人々はハラモトに変わる新たな「モラルの最終兵器」を求めた。すぐに明るくて親しみやすい40代の女優がその役を担うようになったが実際のところ誰でも良かったのかもしれない。 人々は今日も血走った目で清く正しく暮らしている。 |
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