GUZZLING All good children go to heaven. |
「だからさ、君の書くのはどれも理屈っぽくて、どうも読む気が失せんの。なんかこう感情が伝わってこないっていうかさ」
「感情的にわめかせたり、気持ちをストレートに描写するのってむしろ感情が伝わらないじゃないかと思うんですよ」 「だからって極端に省略することでより伝わると思ったら大間違いだよ」 「僕はこれでも書き過ぎてると思いますけど」 「うーん。じゃあさ、せめてもっとでたらめで不条理な世界を書くことはできない?」 「今でも、結構突拍子もない設定の話ばかりのような気がするんですけど、もっとありえない設定にするんですか?」 「そうじゃなくて、君の場合は設定は変わっててもその設定の中で整然と話が進むじゃない。もっとルールがぶっ壊れた世界があっても良いんじゃない?」 「そんなのいくらでも書けますけど、面白く無いですよ、きっと」 「書けるって言うんならひとつ書いてみてよ。それからもう一回考えてみよう」 - - - - - * - - - - - 月は僕の真下から10秒おきに水色のどろどろとした光を放っている。光に手をかざすと生ぬるいジェルがべっとりと付着する。ラードの匂いがする。僕の恋人は相変わらず僕の帽子の中で寝ている。彼女はラードが好きだ。中華料理も好きだ。ジェルを帽子の内側に少し塗りつけてやると彼女の寝息が赤く染まる。もう春も終わりだろうかそんなことを考えながら僕は歩道橋をまたひとつ撤去した。 「熱心な仕事っぷりだね」 社長が僕に声をかけた。「あ、起きたんだね」 彼女は僕の社長でもある。「君は中々見所があるよ。あとタンメン三杯ね」 どうやら寝言のようだ。顧問弁護士が現れ「今のは三波社長の寝言に間違いありません」 と念を押しに来た。もう春も終わりだろうか。 そんなある日、僕の鞄をノックする人が4人も現れた。「トントンあるよ」 いずれもインド人だ。カレーなら間に合っている。僕がそう伝えるとインド人たちは激怒した。「インド人をなめたら怖いで」 面倒なのであとは執事に任せて僕はバイトに出かけることにした。彼女はまだ帽子の中で寝ている。ラードは酸化が進み蝋の匂いへと変わるだろう。「サイレント・ナイト、ホーリー・ナイト」 彼女の寝言はいつもシュールだ。もう春も終わりだろうか。 - - - - - * - - - - - 「こんなのだったら、何百行でもかけますけど」 「ごめん、なんか違う。やっぱ好きなように書いた方が良いみたいだね」 「ご期待に添えなくてすいません。でも少しほっとしました」
「お兄さん、奴隷要りませんか?安くしておきますよ」
「奴隷って?あの奴隷ですか」 「あのって言われても困りますが奴隷です。英語で言えばスレイブね」 「いや、間に合ってますから」 「間に合ってるって、お兄さん奴隷持てるようには見えないなあ」 「そりゃ持ってませんて。奴隷を必要としてないって言ってるんです」 「でも、お兄さん奴隷がどんなもんだか知らないでしょう?知らないで間に合ってるってことも無いんじゃないですか?」 「じゃあ言い換えましょう。興味がないし知らないし知りたくもないし欲しくもない」 「花を入れる花瓶もないしイヤじゃないしカッコつかないし」 「僕、忙しいんですけど、もう良いですか?」 「ごめんなさい、調子に乗ってしまいました。もうちょっとだけ聞いてくださいよ」 「じゃあ、電車一本遅らせますからそれまでですよ」 「ありがとうございます。手短に説明しますと、奴隷はあなたの家に住んでいろいろな労働をします。バイトとか仕事をさせても良いです。その場合は給料をすべてあなたに差し出します」 「まさに奴隷なんですね」 「ただし、エッチなことはなしですよ。あくまでも労働力としてお使いください」 「あ、そうなんだ。でも禁止してても買った人がその約束を守らないってことはないんですか?」 「そういう事があった時はね、自決するよう暗示がかけられてるの」 「結構厳しいんですね。モラルの問題ですか?」 「いえいえ、モラルって奴隷に何を。そういう仕事させると奴隷販売の許可が下りないんですよ」 「あ、合法的な商売なんだ」 「もちろんです。ちゃんと認可を受けてます。だから奴隷は戸籍を抹消してありますし、酷使して弱ったとしてもあなたは罪に問われたりしません」 「てことは病院にも連れて行けないのかな?」 「あ、その点は心配なく。奴隷用の保険を用意してますので」 「保険とかはあるんだ。人道的配慮ってやつ?」 「いえいえ、人道的配慮って奴隷に何を。物損保険みたいなものです」 「シビアなんですね」 「で、気になるお値段ですが」 「いや気にしてないですから」 「そんなこと言わずに、ほら、見てくださいよこの写真。三十代働き盛り健康状態良好体力あり従順でおとなしい好青年奴隷がなんと150万円!一年で元が取れちゃいますよ。どうですお兄さん」 「買う気は更々ないけど随分と安いんですね。ていうか男なんですね。ややこしいこと言ってたけど」 「あ、興味律々ですね」 「興味ないですから。あと律々じゃなくて津々ですよ」 「もったいないなあ、こんな良い奴隷って滅多にないんだけどなあ。まさにお勧め!本日の目玉奴隷!」 「目玉奴隷ってのも何だか気持ち悪いなあ」 「そんなこと言わずにお願いしますよ、ここんとこ成績悪くって今月ノルマこなさないと私、営業から資材になっちゃうんです」 「配置換えですか?」 「ていうか営業担当から資材そのものになるんですけど」 「あ、奴隷になっちゃうんだ。社員から商品へのドラスティックな転身ですね」 「ええ。助けると思ってお願いしますって」 「うーん。そういわれてもなあ」 「今ならかわいいプチ奴隷もつけますよ」 「そういうの可哀想だからやめようね」 「マスコット人形なんですけど」 「ほっ」 「どうしても駄目?ちらっ」 「だからスカートめくらなくて良いですから」 「ねえ、お願い」 「お姉さんが奴隷になったら貯金おろしに行ってたかもしれないですけど」 「酷い、人がこんなに苦しんでるって言うのに。鬼!悪魔!人でなし!」 「奴隷商人に言われてもなあ…。もう電車が来ますので、じゃあ」 「ぐっすん」 - - - - - * - - - - - 「兄ちゃん、兄ちゃん」 「なんすか?」 「奴隷買わない?奴隷。ニ十代後半健康状態良好体力あり性格はちょっときついけど器量良しの新人が200万円。どう?」 「ひょっとして先月まで営業だった人?あの眼鏡の」 「あれ?知ってんだ、なら話は早い。どう?」 「うーん。どうしようかなあ。あの、ひとつお聞きしたいんですけど、彼女って一生奴隷のままなんですか?」 「そこはそれ、うちはなんせ公認奴隷販売業だから、ちゃんと人権再生の手続きってのもあるんよ」 「あ、あるんだ。ちなみにおいくら?」 「ずばり諸費用込みで100万円。良心的でしょ」 「うーん。高いなあ」 「何言ってんの。これでもほとんど実費なんだから。あと勘違いしてたら困るから言っておくけど、人権再生手続き完了時点で奴隷所有権は放棄されるので200万は帰って来ないからね」」 「でもなあ、300万は払えないなあ」 「ローンもあるよん。兄ちゃん、ちょっとは責任感じてんでしょ。だったらここはかっこいいとこ見せようよ」 「しょうがないなあ」 結局、僕は300万のローンを組んで彼女を解放することにしました。彼女に恩を着せようと言う下心があった事は否定しません。開放された彼女は感謝はしてくれましたが、すぐに元の奴隷販売の営業に戻っていきました。ローンには巧妙な仕掛けがしてあり、半年後には僕はローンが払えなくなってしまいました。で、いろいろあって今は彼女の手持在庫として出荷を待っているところです。
「じゃあちょっと行き詰ってるみたいだから、違った視点から質問しようと思うだけど良いかな?」
「はい、渡辺部長どうぞ」 「どうもありがとう。もし、的外れな質問だったらごめんね。僕の質問はこうだ 『歯ブラシは哺乳類だろうか?』 この点について考えていただきたい」 「……(アメリカンジョークだろうか?)」 「……(何を何に喩えてるんだろう?)」 「……(頭良い人ってこれだからなあ)」 「あれ?質問が突飛だったかな。では私の意見から言わせてもらうよ。歯ブラシは二足歩行をするから哺乳類だと思う」 「……(歯ブラシが二足歩行するかよ?)」 「……(二足歩行したら哺乳類って何だ?)」 「あのう。良いですか?」 「どうぞ」 「生物学的には哺乳類と呼べませんが、市場原理から言って哺乳類と呼べる可能性がないかは検討に値すると思います。例えば擬人化された歯ブラシと十二支のハイブリッドキャラクタなんか…」 「いや、そんなことを言ってるのではないよ。だいたい 『市場原理から言って哺乳類と呼べる』 というのはどう言う意味かな?哺乳類という言葉を生物学上の意味以外で使うことに何か意義があるとは僕には思えない」 「申し訳ありません」 「いや、皆が黙っている中、最初に意見を言ってくれた点は良かったよ。ちょっと厳しく言ったかもしれないけど気にしないで」 「……(生物学的って、歯ブラシはそもそも生物じゃないじゃん)」 「……(禅問答みたいだ)」 「反対意見なんですけど、私は哺乳類じゃないと思んですよね。だって哺乳類というからには卵で生まれなければいけませんよね。歯ブラシは卵から生まれないじゃないですか」 「田上君、何か別のものと勘違いしてないかな?哺乳類は卵生じゃないよ」 「でもカモノハシは卵を産むって動物奇想天外で見たことがありますよ。カモノハシってカモっていうくらいだから哺乳類ですよね」 「……(馬鹿。話をややこしくしやがって、三回転半くらい間違ってるし)」 「……(馬鹿な質問には馬鹿で返すという技か?)」 「では質問を変えよう『歯ブラシは哺乳類だろうか?それともカモノハシだろうか?』 これなら論理的に穴はないだろう」 「……(なんで二者択一になったんだ)」 「それなら、私は哺乳類だと思います。少なくともカモノハシではないことは明らかですから」 「……(沢田が切れた)」 「……(あきらかに投げやり)」 「私はさっきも言ったんですけど、カモノハシだと思うんですよね。だって歯ブラシの卵ってなんか気持ち悪いじゃないですか」 「……(お願いだから黙っててくれ)」 「田上君と沢田君以外に何か意見のある人はいないのかな?」 「……」 「……」 「それではこの件に関しては僕が預かろう。幸い最終決定は明日の午後だ。一度頭を冷やして明日もう一度、採決を取ろう」 「……(ていうかキャンペーンガールは結局どっちにするんだよ)」
義理で出席した展覧会のレセプション会場で人が殺され、私達は足止めをくらってしまった。本当についてない。予定が変わってしまったのが気に入らないのか、先生もかなりご機嫌斜めのようだ。私は努めて何気なく話しかけてみた。「それにしても、田岡さん、密室で死にたいって言ってたとおりになっちゃいましたね」
「何だって?」 この人、機嫌が悪いときは小声でも無駄に迫力がある。 私はびびってるのを悟られないよう平静を装いながら説明した。「田岡さんてミステリマニアとしても有名だったんですよ。本業の他にミステリの評論も書いててクラシックな本格好きの硬派な書評をする人として知られてるんです」 「で、密室で死にたいってのはどういうこと?」 先生はまだ怒っているみたいだ。話しかけるんじゃなかった。 「田岡さんが色紙にサインするときに添える言葉ですよ。ちょっと悪趣味ですけどね」 「なるほどね。なんとなく解ったような気がするな」 「え?密室のトリックが解っ、んぐぐ」 思わず大声をあげてしまったので、口を塞がれる。先生が睨んでいる、物凄く怖い。顎も痛い。 「だからさあ、そういうの止めようよ。いい年して恥ずかしくないの?人が一人死んでるんだよ。密室とかトリックとかふざけたこと言わない。解った?」 先生は周囲の人を刺激しないよう小声で、でも厳しい口調で私を責めた。顎を持つ手に更に力が入る。 「……」 私が必死に頷くとようやく手を離してくれた。ふう、死ぬかと思った。 今度は大声を出さないよう慎重に尋ねてみる。「あの、今、犯人が解ったって言いましたよね。誰なんですか?」 「話を良く聞けよ。解ったような気がするとしか言ってないよ。それに解ったのは誰かじゃなくてどんな人かって事だけだよ」 今度はそれほど怒っていない。 「だったら、その条件に合う人を探しましょうよ。犯人を見つければ事務所の宣伝にもなるかもしれないし」 「あのな、さっき言っただろう。警察の人が仕事してるのにどうして邪魔しようとするんだ?警察にも遺族にも失礼だろう」 どうして、こう変なところで筋を通すんだろうこの人は。「それに、事務所の宣伝になんかならないよ。却ってお客さんが減るだけだ」 仕方がないので、犯人が解れば早く帰れるかもしれないって方向で責めてみることにした。「でもこのまま黙って待ってるんですか?下手したら明日も帰れませんよ」 「じゃあ念のため、ちょっとだけ雑談でもしてくるか」 先生が渋々立ち上がる。私も慌てて後を追った。 私達から事情聴取をした刑事は、会場の隅の喫煙コーナーに居た。 「進藤さん。ご休憩中のところすいません。まだ掛かりますよね」 先生の声が営業モードに変わっている。 「ええ。ご迷惑をお掛けいたしますが、殺人事件ですのでご協力をお願いします。ほんとすいませんねえ」 進藤さんは口調は丁寧で明るく話すが、どうも油断のならない人のような気がする。 「はい、それはもちろん解ってるんですけど。帰りの飛行機をキャンセルしたり予約の都合もありますので。おおよその目安だけでも教えていただけませんか?」 「いつと言われましても私の判断では何とも決められませんので、後ほど皆様には公式にお知らせいたしますからもうちょっと待ってください」 それじゃ何も答えてないのと同じじゃないかと思ったけど私は黙って見ていた。先生も別に解放される時間を聞くのが目的じゃないのでそれ以上深追いはしないようだ。 「ええと、素人考えで申し訳ないんですけど、ちょっとだけ参考意見として聞いていただけませんか?」 先生はあくまでも下手に出て進藤さんに負けないくらい丁寧な口調を維持してる。 「ええ、良いですよ。どんな些細なことでも参考になるかもしれませんから」 ポケットに入れた手が少し動いた。録音しているのだろう。やはり抜け目ない人だ。 「田岡さんと普段からプライベートな付き合いがあった方がこの会場には大勢いらっしゃいますよね」 「そりゃもう沢山いますよ」 いつのまにか進藤さんの部下と思しき目つきの悪い男が、とぼけた顔をして聞き耳を立てている。 「その中で、進藤さんの印象で良いですから、頭が良くて遊び好きでちょっと世間を小馬鹿にしたような感じの人は居ますか?」 「ああ、一人居ますね。田岡氏と同じ…」 進藤さんは伏せるほどのことじゃないと思ったのだろう。あるいは先生が知りたがっていると思ったのかもしれない。 「おおっと。あまり深くかかわりたくないので具体的な名前は言わないでください。仮に太郎さんとしましょうよ。その方が女の人だとしても黙っててくださいね。その太郎さん、どっちかと言うとブラックユーモアが好きで子供っぽくないですか?」 「いや、まさにそんな感じですね。見てきたかのようです」 楽しそうに話してはいるけれど進藤さんの目は相変わらず笑っていない。元々こんな人なのかもしれない。 「あの、これが名誉既存になるんだったら聞かなかったことにして欲しいんですけど、やったのはその太郎さんだと思いますよ」 私は思わず声を出しそうになった。先生、根拠なさすぎますって。 「やっぱり」 意外にも進藤さんは即答した。既に雑談モードではない。 「なんだ、進藤さん、解ってたんですね」 先生は嬉しそうに言った。この人の場合は演技ではなく単に早く開放されるかもしれないという喜びだろう。 「いや、全然。ただ一番怪しいと思ってた者が私を含めて何人かいます」 「そうでしたか。余計なこと言ってすいませんでした。お恥ずかしい限りです。それでは失礼します」 先生はそそくさとこの場から去ろうとした。この辺の気の揉ませ方は、テクニックなのかそんなつもりなど最初からないのか一度訊いてみたいけど怖くて訊けないでいる。 「いや、ちょっとちょっと。せっかくだから何故あなたがそう思ったか話していってくださいよ」 進藤さんが慌てて先生を引きとめた。ちょっと素に戻ったのかもしれないなと思ったが、先生の退路をさっきの部下が絶妙に塞いでいる。慌てる必要などなかったのだ。これも油断させるための演技だろう。 「じゃあ、恥をかいたついでに荒唐無稽なこと言いますけど笑わないで下さいね」 先生は照れた態度を維持しながら簡潔に説明を始めた。「まず、田岡さんは事故死または病死で、太郎は本当の第一発見者です。そして太郎が勝手に他殺に見せかける偽装工作をして、部屋にも細工をしたのでしょう」 「いや、その意見は出ませんでした。ただ、今のお話で、詳しくは申し上げれないのですが、一つ不審な点があることの説明がつきます」 不審な点が何なのかは解らなかったけど、今の先生の説明からすると密室のことじゃなさそうだ。この人にとっても密室は不審な点でないのかもしれない。どうしてみんな目の前のトリックに無関心でいられるんだろう? 「しつこいようですが、素人のたわごとですので、こんなおとぎ話をしてた奴もいたって程度に捕らえていただくようお願いします」 先生は、もし自分の言ったとおりだとしても先生の功績にしないで欲しいと言いたいのだろう。 「ええ、面白かったですよ。どうもありがとうございました」 進藤さんもその辺はちゃんと解っているみたいだ。「ところで、どうしてそのようにお考えになったのか教えて願えませんか?」 「せっかくだから田岡さんを密室で死なせてやろうとしたんじゃないかなって思ったもので」 「それはミステリー好きな田岡氏に対する追悼のためですか?」 「いいえ、冗談だと思いますよ」 「結局、密室のトリックは解らなかったんですね?」 先生は帰りの目処がたってやっと機嫌が戻りつつあるが、今度は私が消化不良で不機嫌だ。 「まだそんな事言ってるの?殺人が起きたってのにそんなことを気にしてるのは数少ないミステリマニアのそれまたごく一部の君みたいな不謹慎なやつらだけだって。警察はそんなことに興味ないはずだし、そんなのは太郎に言わせるつもりだろう」 先生は私が社会に不適合な人間であると責めているようだ。 「そんなもんですかね。私は気になるんだけどなあ」 密室で人が死んでてトリックが気にならない人がいるなんて想像できない。 「君みたいな人がたくさん居ると思ったから、太郎もなめた真似をしたんだろう。今頃、証拠があるのかとかゴネてんだろうな」 ついに犯人と同類にされてしまった。 「実際、証拠があがらなかったらどうにもならないんじゃないですか?」 「あのね、連中をなめない方が良いよ。伊達に犬って呼ばれてないんだから。確実にやったっていう確信があれば、そんなのなんでも無いんだって」 どさくさに紛れてかなり失礼なことを言ってるような気がする。 「君ね、偽装工作をしたのが太郎だとして、田岡さんが別の人に殺害された可能性に関して進藤さん一言も言わなかったのに気づいた?」 もちろん気づいていた。だとしたら先生の仕業に決まってる。 「あのぉ、先生じゃないですよね?」 私がびびりながら尋ねると、先生は意地の悪い笑みを浮かべた。 「残念ながらハズレ。進藤さんの言ってた"不審な点"は死因だと思うよ。他殺ではない可能性が、既に見つかってたんだろう。俺がでしゃばらなくても犯人にたどり着いてたとだろう」 先生なら田岡さんを病死または事故死に見えるように始末することもできるような気がするけど、その点は怖くて訊けなかった。この人は怖くて訊けない事が多すぎる。 数時間後、犯人が捕まったらしく私達は無事解放された。進藤さんが一度こちらにやってきて缶コーヒーをくれたところを見るとどうやら先生の言ったとおりだったのだろう。滞在を一日伸ばしたり飛行機の予約を変更したりで出費が増えて先生はまた機嫌が悪くなったけど、これはいつものことなのであまり気にしないでおこう。私は私で最後まで密室のトリックが解らないので機嫌が悪いのだけど。 運転手
タクシーがウインカーを出さずに左折してきた。自転車が巻き込まれそうになったが間一髪のところで避けた。
「気をつけろ、このヘタクソ」 自転車に乗った少年が叫ぶ。高校生、いや中学生くらいだろうか。声を張り上げてはいるが結構冷静な顔をしている。 「ヘタクソとはなんだガキ」 よせばいいのにタクシー運転手が言い返した。 「ヘタクソだからヘタクソと言ったんだ。このど素人、サンデードライバ、1.5種免許」 少年の方は口喧嘩に慣れているようだ。 「てめえみたいなガキに運転が解るかってんだ」 運転手の方はただ怒鳴るだけで芸がない。私は少年に加勢しようと思ったがその必要はなさそうだ。 「ウインカーも出さないで、後ろも見ないで曲がるドライバがヘタクソでなくてなんだって言うんだ?」 脅しになるような事を言わないところが狡猾だ。 「屁理屈抜かすな、ぶっ殺すぞ」 運転手は自らを負けに追い込んでいる。 「副産交通さんはウインカーも出さないで左折して関係ない人を危ない目に合わせた上に殺すとまで言って来るんだ。ユニークな経営方針ですねえ」 少年は追い込みに入った。面白いからもう少し見てることにしよう。 「会社は関係ないだろうが、死にたいのかボケ」 運転手も自分がまずい立場にいることに気付いているのだろう。声が上ずっている。 「あれ、僕は副産交通さんの車両に轢かれそうになったんだけど。君は業務中じゃなかったのかな?」 勝利はとうに決まっているので、少年は運転手をいたぶり始めている。運転手が降りてきて手を出すのを待っているのだろう。 「うるせー、ぶっ殺してやる」 運転手がぶち切れた。自転車に乗ったまま挑発している少年を轢き殺そうと車を発進させたのだ。だが所詮頭に血が上った運転手の行動など充分に予想していたらしく、少年はすばやく反対側に避けた。 タクシーは歩道を超え郵便局に突っ込んで大破した。私と少年はタクシーの窓を叩き割りドアをこじ開け運転手を救出した。 「意外だね。君は助けないで黙ってみてるかと思ったよ」 と運転手を乗せた救急車を見送りながら私は言った。 「死なれたら困りますからね。たっぷりと敗北感を味わってもらわなきゃ」 |
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