GUZZLING All good children go to heaven. |
「記憶が残らないとか失われていくという話は数多くあるけど、逆にどんどん記憶が増えていくという話はどうだろう?」
「他人の記憶が流入するんですか?」 「まさか、そこまで荒唐無稽な話にする気はない」 「そう言えば記憶が残らないというのも実話がベースでしたね」 「私が言ってるのは、実際に体験したかのような想像ができるという人の話なんだ」 「想像力が強すぎて妄想がリアルなんですね」 「そう。例えば、今日始めて会った人に去年友達と3人で遊園地に行った話をしたとする。その際に『今度一緒に行きましょう』と言われた瞬間に、4人で遊園地に行くことを想像するんだけど、その人の場合は去年の記憶とその人の外見情報から4人で遊園地に行く体験を頭の中で作り出して記憶してしまうわけ」 「それが、想像なのかリアルな記憶なのか判別できないわけですね」 「判別できないというか、それはもうすべてリアルな記憶な訳だね。リアルと想像との区別を最初からしてないわけだから」 「区別してないというのは?」 「本人は小さいことからそれが当たり前になっているので、リアルな情報と自分の頭の中で作った情報とを区別する習慣が無いってこと」 「やっかいな子供ですね」 「もう少し、オプションを増やそう。さっきのケースだとその人の想像力が他の人より優れているのは、情報を合成する能力と再生する能力においてだったわけだよね」 「遊園地に行った記憶と今日会った人の外見情報から新しい情報を高精度で合成して頭のなかで再生したということですね」 「そう。更に、視点の変換の能力も図抜けているとしたらどうなる?」 「視点を変換するということはどういうことですか?」 「自分が今見てる光景を自分以外の誰かの目線に変える事ができることなんだけど。例えばさっきの例で言うと一緒に行ったのは自分ではなく、さっき初めて会った人だったという想像をすることができるというわけ」 「それは無理があるんじゃないですか?例えば身長が極端に違ったらどうします?一方の視点では確実に見えない部分がありますよ」 「さっき情報を合成する能力が高いって言ったよね。だから見えない部分は別の記憶から補うことは簡単に出来る筈。その点に関しては心配ないと思う」 「あ、そうか。見えない部分を本物で補う必要は無いわけですからね」 「そういうこと。便宜上『視点』と言ったけど聴覚や重力の感覚も変換できるという設定の方がより強力だな」 「つまりまったく別人としての記憶を体験することができるわけか」 「うん。これがエスカレートすると例えば、一緒に言った別の人の視点で記憶を再生することもできる。この場合、想像上の自分の中に本物の自分が登場するわけだけど」 「それって、自分が誰だか解らなくなるってことですね」 「それはちょっと違うと思う。区別してないのは『記憶』と『想像』であって、現在リアルタイムでインプットされ続けている情報とは明確に区別が付いているということにしたい。そうでないとかなり危ない人になってしまう」 「そうでなくても充分危ない人だと思いますよ」 「行動に現れないだけ安全だと思う」 「ということは、その人は『他人の記憶』を持っていて、なおかつそれは『自分の記憶』ではないということをはっきりと意識してるわけですよね。その事をどうやって自分に納得させているのでしょう?」 「そこが難しいんだけど、多分『自分と言うのは一人じゃない』そして『世界は一つじゃない』と思ってるのではないかな」 「多重人格ってやつでしょうか」 「もっと性質が悪いような気がする。他人もいつのまにか自分だと思うんだから」 「この人が事件の目撃者になって裁判で証言するとしたら大変ですね」 「あ、それはエピソードとして面白いかもしれない」 - - - - - * - - - - - 「只野先生、立花さんがさっきからなんかぶつぶつ言ってますよ」 「あ、あれはね立花君と大島先生が会話してるの。大丈夫、すぐ帰って来るから」 「大島先生って、あの大島先生ですか?」 「そう、最近取り込んだみたい。気に入ったんだろうね。大島先生を取り込んでから会話の幅が広がったよ。そのうち河原さんも取り込まれるかもしれないよ」 「私がですか。それよりも取り込むってどう言う事ですか?全然、意味解らないんですけど」 - - - - - * - - - - - 「すごいな。立花君は観測者まで取り込んでしまったぞ」 「まったくだ。しかも複雑な構造で同時に何人もの人間を演じてる」 「今だって、『立花君自身のことをフィクションとして分析する大島先生』と『聞き手としての立花君』、そして『その二人を演じる立花君』がいて、更に『それを別室で観測する只野先生』と『新人助手の河原さん』、が同時に演じられてる」 「そう言ってる私達の存在だって怪しいものだな」
資産家の老人が自宅で殺害された。
捜査が進むにつれて二人の容疑者が浮かび上がった。 両者ともアリバイがなく、犯行が可能で、充分な動機を持っていた。 最大の問題点は、両者とも売り出し中の人気モデルであることだった。 両者はともに容疑を否認し、また決定的な証拠もなく捜査は難航した。 捜査に行き詰った蟹丸警部は家に帰り息子に事件の事を話した。 (推理作家だか何だか知らないけど、事件の捜査過程を一般人に話して良いのかという疑問は忘れて欲しい) 「解りました、父さん。その二人と腕相撲をさせてください」 「そんなことで犯人が解るのか?」 「ええ、多分大丈夫です」 翌日、蟹丸警部の息子は二人の容疑者それぞれと腕相撲をした。 「それで犯人はわかったのか?」 「もちろんです。犯人は私に勝った方です」 蟹丸警部は根拠を求めた。息子は笑いながら答えた。 「彼女にナイフの握り方に特徴があるのですぐに解ったと伝えてください。多少誇張しても構いません」 脅しならお手の物だと蟹丸警部は息子の言うとおりにした。 容疑者は泣きながら自分が犯人であることを認めた。 「そろそろ種明かしをしてくれても良いだろう?」蟹丸警部は息子に尋ねた。 「死体の刺し傷には特に特徴的なナイフの使い方の痕跡はなかったじゃないか」 「まあ良いじゃないですか。事件は解決したのですから」 息子は、その根拠を語ろうとはしなかった。 もちろん息子は、最初から腕相撲をするのが目的だった。美人モデルの手を握ってみたかったのだ。自分に勝った方のモデルの態度が気に入らなかったので腹いせに犯人だと断定したのだった。
あっどうもどうも。いやー嬉しいですねえ、こんなにご声援をいただけるなんて。改めまして皆様こんにちは、21世紀最初の奇跡、ジーニアス・天才でございます。今日は「本格英才教育援助基金のためのチャリティライブ」ということでこんなに多くの皆様にお集まり頂いて本当にありがとうございます。まずはトップバッターをあたしが務めさせて頂くこととなりました。なんか噂では年齢で順番きめたんじゃないかって言われてますけど。あとは、背の低い順ね。だったら、どっちにしてもしばらくはあたしがトップでござんすね。それはともかく、皆様どうか最後まで楽しんで行ってください。
あたしもこーんな小さいころから、あ、すいませんここ笑うとこですよ、こーんな小さいころから、あっどうもどうも、今日は良いお客さんばかりだなあ。この前なんか中学校に営業にいったら、やれ全員の名前を覚えろとか、暗算やれとか、しまいには宿題を手伝ってくれとか、そりゃもう大変。えーと何でしたっけ、そうそう、こーんな小さいころから天才やってますんで、解るんですけど天才は天才でなかなか大変な苦労があるんですよ。本当は奨学金とか貰って大学とか行きたいんですけど、なかなかこの年だと出してくれないんでねえ。どうなってんでしょうこの国はとか管巻いたりしちゃってね。ジュース飲みながらですけど。あたしの場合運良く親切な方が大学に行かしてくれたんですけども、いろんな事情でせっかくの才能を使う機会の無い子が大勢いるってんで、ちょっとでもお役に立てたらなあと思ってこうやってお声がかかれば、つたない芸をご披露して基金のためのご寄付を頂いてるってわけです。 今日は皆様にあたしの十八番「人間メモ用紙」を見ていただきましょう。ま、あたしがお見せできる芸ったら「暗算ネタ」と「記憶ネタ」しかないんですけどね。いま、当事務所の優秀なスタッフが皆様にボードをお配りしますので、しばらくお待ちください。スタッフってあたしの母ちゃんなんですけど、母ちゃん苦労かけるね、息子は今稼いでるところですよ。今日のお客さんはついてますね。見れませんよ普通、母親にバニーの格好でアシスタントさせてる芸人なんて。あたしもマジックショーじゃないんだからやめなよって言ってんですけどね。お前の為だよとか言ってるけど、ありゃ絶対着たくて着てますね。あ、配り終わりましたか?それでは皆さん、今日は皆さんの好きな車の名前を書いてください。あんまり長いのはなしですよ。「日産スカイライン ゴールデンロイヤルサルーンデラックス 30周年特別仕様車」とか書いてもこっから読めませんからね。あれ、おばあちゃん車の名前知らない?おなじみの霊柩車でもなんでも良いんですよ。はい、よござんすか?では、あたしは10秒で100枚のボードに書かれた車の名前を全部覚えます。皆さんあたしが「はい」っていったら上げてくださいね。ここに時計がありますから、皆さん大きな声でカウントをお願いします。せーの、はいっ。 いやあ、今日のはさすがのあたしも難しかったですね。いつもはここで3分くらいおしゃべりしてから皆さんの書いた名前を思い出して見せるんですけど、ほら、ちょっと早口でしょ。なんか忘れそうで。えーと、今日は何の話をしましょう。そうそう、この前メールなんか頂いたんですよ。それがなかなか厳しい方で「お前のやってるのは、記憶力自慢だ。何が天才だ、ただのビックリ人間じゃないか」って書いてるんですよ。そりゃね、記憶力があるとか暗算ができるってのは天才でもなんでもないよってのはごもっともな意見なんですけど、あたしもね普段からちっこい体で大学行って、こんなことばかりやってるんじゃないんですよ。情報工学って言うコンピュータの勉強と中世のドイツ文学と分子生物学ってやつを研究してんの。名前だけ聞くと、なんだか大変そうでしょ。それがね、ほんと大変なの。特にあたしの場合は成りがこんなだから、学部から学部への移動が大変でって、それだけかい。ははは、今のは情報工学の専門用語で「ひとり乗り突っ込み」て言います。リピート アフタ ミー「ひとり乗り突っ込み」。いやあ、今日のお客さんは本当に良い人たちだ。で、あたしもこんな妙ちくりんな芸名つけちゃった手前、天才ですよってところをご披露したいんですけど、コンピュータでプログラム書いて見せたって、お客さん、面白くないでしょ。え?母ちゃんどうしたの?そろそろ時間だって?あららら、まずいね。さっきの車の名前覚えてるかな。おまけに袖から片桐師匠がこっちを睨んでますよ。それではさっさと終わらせちゃいますか。では左上の男前のお客さんから行きますよ。あたしね、記憶力は良いけど目は悪いの。さてと「ポルシェ」「消防車」「フィアットチンクチェント」「自転車」… …「ホンダシティ」あれ、次のお客さんは席入れ替わりましたね。騙そうったってそうは行きませんよ。こちらさんが「ミニカー」でこちらさんが「ミニカ」。そんでもって「クラウン」「霊柩車」で最後こちらのお姉さんが「フローリアン」と。あっどうもどうも、どもどもども。ありがとうございます。ありがとうございます。それでは、皆様「本格英才教育援助基金」をどうぞよろしくお願い致します。期間限定一年限りの三歳児、来年は早くも四歳!ジーニアス・天才でした。
「集合!全員揃っているか?我々は就寝中に何者かに拉致されここに閉じ込められたようだ。誰かここに来るまでの事を覚えていないか?」
「覚えていません」 「気が付けばここに居ました」 「私もです…」 「居ないようだな。それでは手分けをして状況を把握すること。何か不振なものを発見したものは速やかに報告すること。良いな」 「はい」 「隊長!爆弾らしきものが見つかりました」 「田中と佐藤は、爆弾の調査に回ってくれ。他の者は引き続き調査を続行すること」 - - - - - * - - - - - 「集合!では、状況の復習だ。立花、現在の状況を20秒以内で話せ」 「はい。この爆弾は30分以内に爆発します。爆発した場合には、我々全員が確実に死亡する規模の爆弾です。この場からの脱出は既に4時間以上試みていますが、成功していません。爆弾解体作業の結果、ここにある赤と青の線のどちらか一本を切ると停止する状態にまでこぎつけました」 「よし。この場合我々が確認しなければいけないことは何だ」 「ひとつは情報の精度の確認です。赤と青のどちらかを切れば確実に止まると言うのは信じて良いのか、爆弾の規模の見積は正確か、30分より早く爆発する可能性はないのか」 「その点に関しては、鈴木と佐藤の知識と経験を信じることにしよう。他に判断材料がない。他に確認すべきことは?」 「この爆弾以外に我々にとって危険なものは存在しないか調べる必要があります」 「よし。それでは、我々は何をしたら良いか言って見ろ」 「はい。一つは赤と青の線のどちらを切れば良いのか知る手段が無いか検討することです。これは引き続き鈴木さん佐藤さんにお任せ致します。残りのものは他の危険性の排除に努めます」 「良いだろう。それではタイムリミットを20分後とする。ただしその時点まで何らかのアクシデントがあったら誰でも良いから召集をかけること。何か質問は?」 「20分後にどちらを切って良いかわからなかった場合はどうしますか?」 「助かる確率は1/2以下だ。俺が切ろう」 - - - - - * - - - - - 「申し訳ありません。結局どちらか解りませんでした」 「仕方が無い、俺が切ることにしよう。恨みっこなしだぞ」 パチン 「ふう、助かったようだな。ん?何だこの音は」 「うわっ煙がっ!」 「前が見えない」 「ゲホゲホ」 - - - - - * - - - - - 「集合!全員揃っているか?我々は就寝中に何者かに拉致されここに閉じ込められたようだ。ここに来るまでの…」 欲望という名の電車
乗り換えの駅のホームで僕は電車を待っている。いつもと同じ時間、いつもの5番乗車口、そして左斜め前にはいつものように3組の吉田さんが文庫本を読んでいる。相変わらずちょっと不機嫌そうな顔をしているが、これは本を読むときの癖らしい。今日こそは好きだと言おうと思い続けて、既に678時間が経つがまだ言えないでいる。
電車がやってきた。意を決して今日は吉田さんのすぐ隣に立つことにした。彼女は僕に気付き軽く挨拶をするとまた文庫本に目を落としている。「吉田さん、ちょっといいかな?」 「いいよ」 本を読んだまま答えた。「あの、何て言うか、ええと。好きです」 かなりみっともないが何とか言えた。吉田さんは何て返事をして良いのか困っているようだ。 そのとき後ろから声がした。「立花、ちょっと待てよ」 田中だ。「俺も吉田さんが好きだ」 こいつどさくさに紛れて便乗しやがった。「だったら言うけど、私は田中君が好き」 いつの間にか井上さんまで話に加わってきた。「ちょっと何言ってるの、私なんか一年の頃から田中君が好きだったんだから」 誰だか解らない女も絡む。どうでも良いけど田中大人気だ。「ついでで悪いんだけど私は立花君が好き」 と今度は英語の佐野先生。車内にどよめきが起きる。まじっすか先生。「5組の木村でーす。佐野先生考え直してくださーい」 「鈴木です。井上さんが好きです」 「この速さなら言える。俺も田中が好きだ」 「吉田さんの眼鏡になりたい」 「私はベッカム様が…」 「僕はあややが…」 「俺にも言わせろ」 電車は進む。 |
|
(C)2003 T-BYPRO. All rights reserved. |